『 いとしい人  ― (1) ― 

 

 

 

 

 

   がたん。    どん。

 

男性は女性を支えきれずに 床に下ろした。

 

「 ・・・ ! 」

「 もう  一回やりましょう。  わたし 平気よ 」

「 足 ・・・ 大丈夫かい 

「 平気です。 さあ もう一回。  

 音 戻すから  ―  どうぞ 」

女性ダンサーは さ・・・っと音響機器の側に駆け寄ると

操作をした。

 

「 はい 音 出ます  」

「 あ  ああ 

 

女性は 下手側に戻ると音に合わせてゆっくりとステップを踏み ―

男性は ゆっくり彼女に近づき ―  彼女のウェストに手を当て

彼女のジャンプに合わせ 頭上たかくリフト ・・・ するはずだったが

 

   どん。  女性の身体は途中までしか持ち上がらなかった。

 

「 ごめん ・・・ ! 」

「 もう一回 やりましょう 」

「 ― 俺が間違ってた。  君のタイミングでやろう 」

「 あら ・・・ わたし、まだ平気よ?

 貴方の納得がゆくまで やりましょう。

 わたしが あなたのタイミングに合わせられないから

 振りを換えた って思われたくないわ。 

「 ごめん。 君のタイミングが正しいと思う。

 だから 君の音取りでここは踊ろう。 」

「 わかったわ。  じゃあ 音、戻すから 」

「 ・・・ 俺がやるよ。  君はスタンバってくれ。 

「 ― ありがとう  タクヤ。 」

「 ・・・ 」

いいや ・・・という風に手を振ると タクヤはリモコンを手に取った。

「 文明の利器は使わなくちゃね 」

「 あら。 リモコン あったんだ? 」

「 あるよ〜 ここの音響機器には全部ついてる 」

「 あ そうなのね   ふふふ ・・・ 以前いたトコには

 なかったから  」

「 へえ? 不便じゃね? 」

「 まあね ・・・ リモコンなんてなかったもの・・・

 古いオルガンがあったんだけど  いつも弾いてくれてた

 おじいちゃん・ピアニストさんは 信じられないほど 

 優しく美しい音をくれたのよ 

「 普通の稽古場で 生演奏? すっげ〜ね〜〜

 さすがパリだね 

「 そう? 」

「 まあな〜 ここのマダムも  機械の音じゃ 踊れません って

 クラスは 全部ピアニストさんつきだし 

「 でしょ?  自習は仕方無いけど ・・・

 わたし ずっとピアノでレッスンしてきたから マダムの気持ち

 よくわかるわ  」

「 ふ〜〜ん?  あ 続き やろうよ 」

「 ええ   ・・・ はい お願いします 」

「 オッケ〜〜 」

 

   ♪ 〜〜〜〜〜〜   優美で哀し気な音楽が流れだし

 

「 ・・・ ! 」

フランソワーズは ゆっくり下手から登場し ― 

タクヤの脇へ回り込む ・・・

「 !  」

タクヤは 音に合わせ彼女のウエストを持ち弧を描くようにリフト ・・・

 

     ふわ ・・・・・   

 

彼女の身体は 彼のアタマより上に高々と持ち上げられた。

 

  ♪♪ 〜〜〜〜〜

 

彼女、 いや ジゼルは ふわ〜〜〜り ・・・と 宙に浮きあがり

 

    ・・・・  すと ん。

 

闇に沈みこむように 着地した。

 

「 ・・・ すごい タクヤ!  音とぴったり  」

「  は ・・・ 俺 こんなに高く 軽く リフトできたの

 初めて だ ・・・ 」

「 わたしも!  ああ わたし ジゼルなら もう〜〜

 お墓に戻らないわ!  

「 え   そ そうか? 」

「 ええ ええ アナタに齧り付いて 離れない〜〜〜〜 」

「 ・・・ え へへ  」

 

     どっぴゃ〜〜〜〜〜  やた〜〜〜〜♪

     わっははは〜〜〜〜〜ん

 

内心 激舞いあがってしまったタクヤは 必死で 

< そっかな〜〜 > な表情を保っていた。

 

「 ね!  この調子でいきましょ 

 ふふふ〜〜〜 ジゼル・熱愛ばーじょん なんて素敵よねえ 」

「 あ ああ そっかなあ  」

 

     ね 熱愛〜〜〜???

     お 俺のこと か??

 

     フラン フラン〜〜〜 俺の最高のパートナー!

 

「 ね 最初からやってみましょうよ

 わたし達の解釈のパ・ド・ドウ、 マダムに見せたいわ 」

「 お  おう 」 

 

     うっぴゃ〜〜〜〜 ♪

     ああ  俺がアルブレヒトなら!

     このオンナを掻っ攫って 駆け落ち! だよお〜〜

 

ばくばくする心臓( 実際の鼓動ではなく。 心理的鼓動! )

を 胸の内に秘めつつ タクヤはスタンバイした。

「 そんじゃ 最初・・・ ジゼルが さ・・っと

 通りすぎるとこから やるか? 」

「 そうね ・・・ ああ あそこ、好きなの〜〜〜

 ねえ ジゼルって ほっんとうに アルブレヒトのことが

 好きなのよね  

「 あ ああ 」

彼の耳には  ジゼル = わたし  アルブレヒト = タクヤ 

に すっかり置き換えられ 響いている。

「 じゃあ ・・・ ちょっと戻すわね。

 ああ コールドもやりたいなあ〜 わたし 『 ジゼル 』 は

 どこもかしこも 好き!  タクヤは? 」

「 あ  ああ  好きだなあ  ( フラン、君が! ) 」

「 そうでしょう? ねえ きっといい舞台にしましょう 

 もっともっと踊って 踊って 踊りぬきたいわ!

 さあ やりましょう 」

「 ああ  フランの気がすむまで付き合うぜ 」

「 ありがとう〜〜〜  ね それじゃ最初からもう一回・・・ 」

「 おう。  あ ・・・ 今回はパ・ド・ドウだけだけど〜

 なあ よかったら一幕の最初のとこも やってみないか? 」

「 一幕の?  あ〜〜 アルブレヒトが 都合のイイコトいって

 ジゼルを丸め込むトコね 」

「 ・・・って 相変らず辛辣だなあ フランソワーズ 」

タクヤは パートナーの満面の笑みを見つめつつ ちょいとため息、 だ。

 

一幕の最初 とは ジゼルの家の前で 二人がいちゃいちゃしているシーンだ。

ジゼルは 花占いをし < 愛してない > となり 落ち込む。

が  この浮気オトコは花びらを一枚毟り取り

  君の見間違えさ ほら・・・・・ < 愛してる > で終わるだろう?

と 機嫌を取り仲良く踊るのである。

 

「 あら そう? でもあのシーン、 楽しくていいわよねえ 

 じゃ ・・・ やってみましょうか 

「 うわお♪  じゃ ・・・ 花占い のとこもやる? 」

「 ん〜〜 いいわよ。 それじゃ えっと 

 ここが ベンチのとこね 

「 あ〜  これ 使おうよ 

タクヤは ピアニストさん用の椅子をずりずり運ぶ。

「 あら ・・・  うふふ 並んで座るとぎゅうぎゅうねえ 」

「 い〜じゃん 俺ら コイビト同士 なんだから  」

「 うふふ 」

 

   ぴと。  彼女はソフトに優しく寄り添う。

 

  うっぴゃ〜〜〜〜〜〜〜〜   彼女とくっついちまったあ♪

 

タクヤは もう必死で < 営業用にっこり > を保つ。

 

彼女には 熱愛している良人がいて さらに小学生の息子と娘がいる。

夫婦仲は良好で 子供たちはめちゃくちゃ可愛い。

彼自身、 チビ達とは 仲良し で タクヤお兄さん と

慕われている。

 

想い人は 人妻。 それもシアワセな家庭を持つシアワセな妻。

 

そのことは  よ〜〜〜〜〜〜く わかっている。

自分が 彼女の私生活に割り込める余地はない ことはわかりすぎている。

いや 彼は 家族を愛し大切にしてる彼女が 好き なのだ。

 

  だけど ― こんなに辛い恋って ない。

 

タクヤは 自分自身を自分で雁字搦めにしているのだが

彼は そのことに気づいていはいない。

 

「 あ〜  俺 やっぱフラン、好きだなあ〜〜〜 」

「 え なあに? 

「 あ いや  そのう〜〜 あ そう!

 俺 『 ジゼル 』 って好きだなあ〜〜って 

「 まあ タクヤも? 嬉しいわぁ〜〜〜

 『 海賊 』 や  『 ドン・キ 』 みたいに派手なテクニックは

 ないけど  でも 一番難しいと思うの。 」

「 あ〜〜  そう? 」

「 ええ。  わたしね 若い頃はあまり好きじゃなかったの。

 やっぱり姫が踊りたいし  黒鳥や エスメなんかの方が

 踊りたかったわ 」

「 フラン。 今だって若いだろ! 」

「 ああらあ もうオバチャンよ〜〜う  

 うふふ・・・ でもありがと。 お世辞でもそう言ってくれて 

「 お世辞なんかじゃないぞ! 

「 メルシ〜〜  さあ おしゃべりはこの辺で・・・

 踊ってみましょうよ 

「 あ  うん ・・・ じゃあ 一幕のとこから 」

「 ええ  アルブレヒトがジゼルの家をノックするとこ からね 」

「 おうよ。 」

フランソワーズは 音響機器の側に行った。

リモコンを押す ほんの一瞬、彼女は目を閉じた。

 

脳裏に蘇るのは  ―  故郷の あの古いスタジオ。

古ぼけたピアノの前に陣取る老ピアニストさん ・・・

 

  un  deux  trois !

 

懐かしい先生の声まで聞こえてくる。

 

  ファンション?  これは悲しい恋の物語ですよ

  脚上げ競争や 回転の数を競うものでは ないの。

  ・・・ 物語を 踊っているのよ?

 

  

    そうよ ・・・ まだパリにいた頃・・・

    わたし 『 ジゼル 』 の意味がわかってなかったわ

 

    ふふふ ・・・ 

    ただ ただ 高く跳びたくて

    たくさん 速く 回りたくて 

 

    それができるのが 優れたダンサーだと

    信じていたのよね 

 

「 オーライ  フラン いいよ 」

タクヤの元気な声が 彼女を 今 に引き戻す。

「 あ  はい  じゃ 音 出します〜〜 」

「 ほ!  遊び人 登場〜〜 」

タクヤが、 いや アルブレヒト が気取った足取りで

センターに歩みでてきた。

自分自身の魅力にやたら自身のあるお坊ちゃん・王子は

最大限に魅惑的な笑みうかべ   

 

  ノック  ノック !  

 

中央奥にある家のドアを叩き さっと身を隠す。

「 ・・・  ! 

フランソワーズは ひとつ、深く息を吸ってから

溌剌とした足取りで 中央に歩みでた。

 

    さあ わたしはジゼル。

    17歳の 無垢な乙女よ。

 

清純な 初めての恋に夢中な乙女 なのだ。

ぎこちなさも 恥じらいも すべて 含んだ 17歳の処女。 

 

< ジゼル > は 初めての恋に頬を染め 初めて愛した男性の側に

嬉々として寄り添う。

件の < タラシの花占い > シーンを演じ 

乙女は初々しい悦びに満面の笑みで 踊る。

愛するオトコが見守る前で シアワセの踊りを・・・

 

  ら らっらら〜〜〜〜ら ♪

 

ウキウキする心を象徴するみたいな 軽い回転。

アンディオール と アンデダン・ピルエットを ダブルで続ける。

 

「 ・・・ いいぜ その調子! 」

なんとアルブレヒトが声をかけてくれた。

「  メルシ〜〜 

軽く返しつつ ジゼル は 最後の高速でピケ・ターンの

マネ―ジュ を決める。

 

    今なら  よくわかるの。

    わたしは 心から 貴方に 思うままに生きて と

    願うのよ。

 

    ・・・ いつかは ジゼルみたいに

    貴方の前から 姿を消す存在だから ・・・

          

         〜〜〜〜 ♪。

 

音と共に ジゼル は スタ・・・っ! と着地する。

 

「 お〜〜〜〜 拍手〜〜〜 ジゼル 〜〜〜 」

「 メルシ。 遊び人の王子サマ 」

「 へへへ ・・・ どう 俺のタラシ王子 ? 」

「 も〜〜 最高よ? クラクラしちゃう 」

「 ま〜たまた 」

「 ふふふ  さ じゃあ 本命のパ・ド・ドウ、 やりましょ 」

「 おうよ じゃ 椅子を退けて っと 

「 あ メルシ  音 は・・・ ああ わかったわ 」

「 少し休憩するか?  フラン、ヴァリエーション踊ったばっか 」

「 あらあ〜 本番なら まだず〜〜〜っと続でしょう? 」

「 でした でした 」

「 で〜〜は  裏切りとその発覚のシーン、そして 」

「 そして 衝撃の場面〜〜〜 を終わって 」

「 ふふふ  ジゼルは 早変わりに集中・・・

 舞台では ウィリ達が華麗な踊りを繰り広げま〜〜す 」

「 傷心の俺 は 花束を抱えとぼとぼ墓参り〜〜 」

「 ・・・ 音 だすわね 」

「 ん。 」

 

   ♪♪♪   さ・・・・っと ジゼルが通りすぎる

   白い死の衣装を纏って。

 

   まるで  ひと時の幻影のように ・・・

 

「 ん〜〜〜 じゃ いくぜ 」

「 はい。  ― 次の次の音で ・・・ 出ます 」

 

   〜〜〜〜 ♪   ゆっくり下手から踊りでてきた彼女を

 

   〜〜〜♪  彼は 悠々と頭上たかくリフトした。

 

「 ( ばっちりだぜ ! ) 」

「 ( ん! 最高〜〜〜 ) 」

 

無言のエールを交わしあい 二人はノリノリで踊りだす。

 

ひたすら後悔と慙愧の念で 詫びるように踊るアルブレヒトに

ジゼルは 温かく深い愛で応える。

 

  ああ また会えた ・・・ ! 俺のジゼル !

 

  ああ  嬉しい ・・・ わたしのアルブレヒト ・・・

 

ほんのわずかな時間の逢瀬で 二人は心からの悦びを表す。

 

  愛してる 愛してる 愛してる 

  愛しているわ  愛しているわ  愛しているわ

 

そして 束の間の出会いは 朝の光と共に終わりを迎える。

 

  どうぞ 思うままに 生きて ・・・

  どうぞ 強く生きて  わたしの愛しいひと

 

  ああ  ああ  俺の 俺の愛するヒト ・・・ !

 

ラスト・シーン、 タクヤは珍しく随分と感情を激しく現した。

 

「 ・・・? ( 大丈夫 ? ) 

「 ああ ああ 俺の ジゼル ・・・ ! 」

 

 

彼女だって タクヤには好感を抱いている。

ずっと年下だけど しっかりしたテクニックを持っているし

彼の かっきりした心根も好きだ。

これからどんどん 世界の舞台に羽ばたいてほしい、と願う。

 

今回の舞台の配役を見たとき、 彼女はすぐにタクヤに言った。

「 こんな おばちゃん・ジゼル でごめんなさいね 」

かなり自嘲気味な挨拶に 彼は本気で怒った顔をした。

「 ! そんなこと 言うなよ!

 フランソワーズこそ ・・  パートナー 俺ですいません 

「 ふふふ  とにかく宜しく! いい舞台にしましょう 」

「 おう。  あ  はい! 」

「 メルシ  タクヤ 」

 

     がし。  二人は 同志として手を握りあった。

 

 

 

  ぱたぱたぱた ・・・

 

フランソワーズは 大きなバッグを抱え 小走りにゆく。

買い物  ちび達のオヤツ、晩御飯の支度 ・・・

やることは山ほどある。

 

「 う〜〜〜  がんばれ フランソワ―ズ〜〜〜 !!!

 やるぞぉ〜〜〜 

 

両手にぱんぱんのレジ袋を抱え 奥さん で お母さん の顔となり

岬の家に帰ってきた。

「 ふ〜〜  お魚がいいの、あったから ・・・フライ!

 あとは春キャベツ メインのサラダに 

 チビ達が好きな フライド・ポテト。  そうそう 煮込みも作るわ 」

 

 ただいまで〜〜す   玄関で大声を上げる。 これは習慣。

 

「 えっと・・・ チビ達はまだ帰ってこない〜っと。

 博士は ・・・ あ お帰りは夕方って言ってらしたっけ

 まだちょこっと余裕あり ね 」

 

大きなバッグの中から着替えを取りだし 洗濯機に放り込み

食材は キッチンへ。

 

「 お魚は お酒で〆て ほんの少し塩・コショウ ・・っと。

 キャベツは  わあ〜〜 柔らかくて美味しそう〜〜 」

 

キッチン・テーブルには 野菜やらパンやらが 次々に並ぶ。

 

「 ふんふ〜〜ん ♪  じゃがいも じゃがいも〜〜っと 」

食糧庫を開けて ふとキッチンの窓の外に視線が向いた。

「 お日様 いいわねえ・・・ あ 洗濯モノを 取り込まなくちゃ!

 海風が出る前に ね〜〜 」

キッチンから裏庭にでれば そろそろ夕方の風が立ち始めていた。

 

  さわさわさわ ・・・・  からり乾いた洗濯モノが翻っている。

 

「 ・・・ ふう〜〜〜 いい気持ち・・・ 

 午後から夕方って なんとなく切ない気分だけど 好きだわあ〜 

 よい・・しょっと ・・・ ああ ぱりぱりね〜〜 」

洗濯モノは お日様の香りだ。

「 ふう ・・・ん  いいわあ〜〜 シアワセ♪

 ・・・ 『 ジゼル 』 は きっと 午前中と真夜中 だけね。 

 ジゼルも の〜〜んびり午後の光の中で 御飯の準備とか

 できればよかったのに ね・・・ 」

 

今の この穏やかは日々 ― その素晴らしさに 溜息がでてしまう。

そして 想いを馳せるのは 遠い日々・・・

 

    ジャン兄さん ・・・・

    わたし ね ママンになったのよ

 

    兄さんにはね 姪っ子と甥っ子が

    できたの 

 

    すばるはね ちょびっと兄さんにも 似ているのよ

    すぴかの笑顔 わたし達のママンに似てるの

 

    あのね 兄さん ・・・・

    わたし 幸せなの  とっても幸せなの

 

    また 踊っているのよ、ええ ママンになっても。

    ステージに立つこともあるのよ オバサンだけど。

 

    ねえ ジャン兄さん

    わたし。  結婚したの。 ジョーと 結婚したの。

 

    パパ  ママン  兄さん

      わたし   幸せ です

 

すこしづつ茜色になってきた空に 遠い遠い空に

フランソワーズは 心をこめて語りかける。

 

「 さあ!  美味しい晩御飯を作るわ。 

 あ・・・ 帰ってきたわね〜〜〜 」

彼女は 取り込んだ洗濯モノを抱えて 勝手口に戻っていった。

 

   ただいまあ〜〜〜  おか〜さ〜ん

 

   おか〜さ〜〜ん  おなか へったぁ〜〜〜

 

間もなく 玄関から元気な声が響いてきた。

 

 

 

結婚して 踊りが変わった と言われた。

「 ・・・ 彼女の踊り 艶っぽくなったわ。

 自然の色気 ね 

「 幸福な人妻の輝き かしら 」

人生経験豊かなバレエ団主宰者のマダムや 年配の先生方の評だ。

 

   ・・・?  よくわからないわ 

   わたしは わたし、 変わってないつもり だけど・・・

 

そんな彼女も 双子の母になり 確かに < 変わった > と

自分自身で思う。

 

   ええ もう復帰するのは大変だったのよ?

   あのコ達は天使だけど 

   時には とんだ悪戯妖精なのよね〜〜〜

 

   ええ 子育ては 闘い です!

 

   それでも 踊れる って

   こんな幸せは ないわ。

   レッスンできるだけで  踊れるだけで 幸せなの。

 

 

しっとりした穏やかな艶が そしてほんわかした自然の温かさが

 彼女の踊りに加わった。

 

「 フランソワーズ〜〜〜  ねえ ちょこっとお茶してかない? 」

ずっと仲良しのみちよも 一緒に頑張っている。

「 みちよ〜 じゃあ ほんのちょこっとね〜

 ごめん、 今日 チビたち6時間授業だから ちょっとだけなら 

「 いい いい!  フランソワーズと話してるとさ

 なんか〜〜 ほっとするんだ〜 

「 え〜  わたし  ぼけ〜〜っとしてるからかもね 

「 またまたァ〜〜 」

笑い合い じゃれあう二人は 出会った頃のままの仲良しだ。

 

「 あ〜〜 いいな いいな みちよサン

 俺だってお茶したいだけどぉ〜〜〜 」

「 あら タクヤくん〜 だ〜め♪

 今日は アタシが買占めだよ〜〜ん 」

「 ちぇ ちぇ〜〜 独占禁止法発令だぜ〜〜 」

「 まあ やだわ 二人とも・・・

 あ タクヤ。 すばるがねえ また タクヤお兄さんと

 < とぅ〜〜る・あん・れ〜る > 練習したいって 」

「 お♪  また稽古場に連れてきてよ フラン〜〜

 俺も すばるに会いたいなあ 」

「 ありがと。  すぴかも一緒に連れてきていい? 」

「 あ〜〜 アタシ すぴかちゃん、好きよお〜〜

 かっきりしてて 面白いよねえ   あ ごめん・・・ 

「 みちよ いいのよ あのコ、 ホント変わってるのよ

 女の子らしいひらひら〜〜 した服はキライ!って

 いうのに  いつかお姫サマが踊りたい っていうし 」

「 へえ ・・・・ モダンとか コンテとかに

 向いてるのかもなあ 彼女。 」

「 う〜〜ん ・・・ どうかなあ・・・

 あまり踊りの才能はあるとは思えないのね〜〜 」

「 え そうなの? 

「 跳んだり跳ねたりするのは 好きなんだけど  」

「 へえ ・・・ 」

「 あ ねえ お茶する時間 が ・・・ 」

「 あ 行こ 行こ!  タクヤ君 またねえ〜 」

「 ・・・ へいへい またな 〜 」

タクヤは 本当に少々悔しそう〜に 二人を見送った。

 

   ・・・ ああ あの笑顔 ・・・

   いいなあ  いいなあ 

 

   俺 好きだよ〜〜〜う

 

そんな 彼の切ない気持ちは どうも彼女には

あまり伝わってはいない  らしい。

 

「 さあ〜〜て と。 晩御飯の用意〜〜っと ♪

 ふんふんふ〜〜ん♪  毎日レッスンができて

 踊りの話ができる友達がいて ・・・ 幸せよ わたし(^^♪ 」

 

   おか〜〜さ〜〜〜ん

 

   おやつぅ〜〜 おか〜さん〜〜〜

 

幸せの声が 彼女に駆け寄ってきた。

「 はあい〜〜  すぴか  すばる いらっしゃ〜〜い 

  

 

 

 ― さて。  

 

この二人にとっていろいろな意味での < 重要人物 > 

 島村ジョー君 は ・・・ というと。

 

 

   うん  ― あれはさ 一目ぼれ、運命だったんだ。

 

ジョーは 今でもしっかりとそう信じている。

 

「 島村チーフ〜〜 ねえ ねえ 教えてください〜〜 」

「 あのぉ あの素敵な奥様とのぉ そもそもの馴れ初めはぁ ? 」

職場の若い女子スタッフから訊かれる度に ジョーは大真面目に答える。

 

   え? ああ ―  ぼくの一目ぼれです

 

「 ・・・ あ そ そ〜なんですか〜 」

「 あ ど ども〜〜 」

淡々とでも真剣に返され、聞き手はかなり引いてしまう。

< 鼻白む > という表現がぴったりな顔になり・・・

それ以降は あれこれ聞いてくることはなくなるのだ。

 

「 島ちゃ〜ん  君  かわし方、上手いね〜〜 」

「 ?? アンドウ課長  ぼく ホントの事、言ってるだけで 」

「 ははは〜 ようするに あの美人奥さんに首ったけ ってことでしょ 」

「 はい。 大好きです。 」

「 は〜〜 わかった わかった 真面目な顔して惚気んでよ〜〜 」

「 ?? 真面目に好きなんですけど 」

「 はいはい よ〜くわかりました って 」

同僚も上司も やれやれ・・・と退散する。

 

   ??  好きなんだもの。 ホントのこと、言っただけだよ?

 

つま〜り。 島村ジョー君は

一目ぼれした女性と目出度く結婚し、可愛い双子の子供達に恵まれ

シアワセな家庭を築いている ・・・ というわけだ。

 

彼は 彼女の仕事にも十分に理解がある。

というか 心から応援し家事や子育てに協力している。

 

「 フラン。 きみはきみの望む道を行くべきだ。 」

「 ・・・ ジョー ! 」

「 好きなだけ 踊って。 レッスンも舞台も ・・・

 ぼく 協力するから。  チビ達の世話、任せてよ  」

「 ジョー!  ああ ジョー ・・・ !

 ジョーが わたしの人生のパートナーで 子供達のお父さんで

 わたし ・・・ もう最高にシアワセだわ ! 

 

彼の奥さんは きゅう〜〜〜っと彼に抱き付きキスしてくれる。

 

      だっは〜〜〜〜♪ 可愛いなあ〜〜〜

 

もうでれでれ〜である。

島村ジョー君は めちゃくちゃに幸せいっぱい なのだ。

 

 

 

   ―   だ   け   ど。

 

「 ねえ ねえ ジョー、 聞いて。   タクヤってばね〜 」

「 それでね タクヤったらね〜 」

「 あのね 今日のリハでね タクヤがね 」

 

彼女の会話に 特定個人 の名前がしばしば登場するようになった。

 

「 ふ〜ん そうなんだ? 」

「 へ〜え ・・・ 」

「 そんなこと あったんだ〜 」

芸術方面にはとんと疎いことは 承知の上なので

彼はいつもこともなく受け流していた  が。

 

「 ジョー 聞いて! 次のコンサートでねえ タクヤと組むの! 

 嬉しいわ〜〜 

「 へえ ・・・ で 演目は? 」

「 ふふふ オーロラの結婚。 結婚式のパ・ド・ドウなの 

「 そっか〜  頑張れよ 応援するから 」

「 ありがと ジョー ♪ 」

 

    ちゅ。   温かいキスが降ってくる。

 

「 フラン きみの花嫁姿がまた見られるんだ〜〜 ♪

 えへへ・・・最高だろうなあ〜〜 」

「 あら バレエですから〜 でもね 幸せの踊り なの 」

「 そうか そうか  楽しみだなあ〜〜 」

「 うふふ タクヤと一緒にがんばるわ! 」

ジョーは満足気に 細君の幸せそう〜〜な笑顔を眺めていた。

 

  そして 本番当日。

 

舞台では 愛くるしい姫が満面の笑みでイケメン王子と

幸せいっぱい〜〜〜な 愛の踊り を繰り広げている !

二人は 熱い視線を交わす。 幸せの笑みを投げかけ合う。

 

    !  な なんなんだ〜〜〜 コイツ !

 

    おい!?  お前が相手してるのは 

 

      ぼくの妻! なんだぞ〜〜!

 

公衆の面前で あまつさえスポット・ライトを受け

二人は いちゃいちゃ〜〜〜 している。

 

     う  う〜〜〜〜〜〜〜

 

「 静かにせんか。 ああ 素晴らしい舞台じゃなあ 」

隣席の博士に 窘められてしまった。  

しかも 博士は 二人の愛 を褒めちぎっている。

  

    ああ ああ ・・・ 

    ぼ ぼくは 一人でも彼女を護りぬくぞ!!!

 

称賛のため息が満ちる劇場で ジョーは一人、正義の味方 に

なっていた。

 

 

Last updated : 04,28,2020.             index     /    next

 

 

***********   途中ですが

え〜〜〜  前半は  二人が 『 ジゼル 』 の 二幕の

パ・ド・ドウ のリハーサルをしています。

『 ジゼル 』  好きなんですよ〜〜  群舞のウィリ を

踊っていても 感動☆  あ タクヤ君も 好き♪

それぞれの < いとしい人 > について ・・・かな☆

続きます〜〜〜〜〜 <m(__)m>